朝起きたとき、デジタルの時計を見た。
は?13時?
昨晩はスーパーサッカーも見ないで寝たのに?昼過ぎ?
貴重な午前中が…。
見間違えた。
9時でした。
もう朝からビックリしましたよ。
ひっそりと更新し続けようかね?
朝起きたとき、デジタルの時計を見た。
は?13時?
昨晩はスーパーサッカーも見ないで寝たのに?昼過ぎ?
貴重な午前中が…。
見間違えた。
9時でした。
もう朝からビックリしましたよ。
仕事帰りに西友に行ったら、いつも食べていたおかめ納豆が普通に売っていた。
ラッキーと思い、久々に買いましたよ。
家に帰ってネットのニュースを見たらビックリ。
関西テレビ社長、「捏造」渋々認める 納豆ダイエット
納豆にダイエット効果があるとうたったフジテレビ系の「発掘!あるある大事典2」で紹介された数々のデータは架空だった。制作した関西テレビは20日、記者会見で謝罪したが、「捏造(ねつぞう)」はなかなか認めようとしなかった。品薄を引き起こした納豆ブームに巻き込まれた消費者や関係者からは、生活情報番組全般への不信の声さえあがる。
そもそも納豆騒動の火付け役がこの番組で、スーパーで納豆不足の張り紙を見たときに、おおかたこの番組で放送されたんだと思ってましたけど。
あとからそれが正しかったことを知りました。
まあ、情報番組がこのようなことやっては、視聴者の信頼を得られるわけがないじゃないですか。
情報であふれているこの時代、何を信じて良いのか難しいですね。嘘や無意味の中に含まれる真実を、見抜けるようにならなくてはいけませんな。
それはそうと納豆自体は健康に良い食べ物なんだから、この番組をきっかけに食べられるようになった人は継続して食べていけば良いんじゃないかと思います。
そう簡単にやせられるのであれば、この世の中から肥満とかで悩む人なんていませんて。
継続した努力という対価を払わなくてはダメなんですよ。
忙しさにかまけてその対価を払っていないボクは、ここ最近危機感を感じているわけで…。
さ、頑張ろうっと。
うまく行かないから意地になって、何とかしようと残業をしてしまうのはやめよう…。
無駄に疲れがたまるだけだね。
一晩たったら、あっさり行くことだってあるし。
押してダメなら引いてみろって言うぐらいだし。焦る気持ちを抑えて、冷静にならないと。
と、外の空気を吸って、頭をひやしたら、ようやくこう言うことが考えられるようになりました。
やっぱ疲れているのかな。
疲れて脳が腐り始めたか?
昨日の話だが、会社の近くにあるライブハウスで今日の21時半GUNNERSが登場するって事を、本人たちのBlogで知った。
仕事が普通に終われば、行けるんじゃないかと思っていた。
そう、普通に終われば…。
なんつーか、夕方ぐらいの進捗状況で諦めていたけど、普通にはほど遠い時間に会社を出てきましたから。
総武線に乗っているとはいえ、まだ都内っす。
せっかく1月からライブに行けると思っていたんだけどな。
こんな調子だと、ライブとかに行けるのは春先かな?
うう、リズムに乗りたい、弾けたい!
来月発売する、ポルノのライブDVDまで我慢するか。
それまでは美里さんのDVD BOXのやつでも見ますかな。
見る時間があるのかというつっこみはなしで。
今週初めての午前様につき、こんな時間になってしまった。
もう日付が代わってしまったが、昨日は阪神大震災が起こった日。
この時代に生きている人間として、忘れてはいけない出来事の一つじゃないかな?
地震の起きた頃、ボクはちょうど大学入試の勉強の追い込み時期だったりして、テレビや新聞はあまりしっかりと見ていなかったと思う。
部屋でラジオを聞きながら、ひたすら勉強していたんだっけ。
その頃聞いていた、NHK-FMで放送していた渡辺美里ミュージックスクエアが中止になって、「何で放送しないだ?」なんて思っていた程度。
千葉県に住んでいて、直接の被害がなかったのも大きな原因の一つかな。
震災当時のことは、ニュースや新聞の記事の間接的な形でしか知ることが出来なかった。
今と違ってインターネットというものがあるわけでもなく、現地の情報を知る手段がテレビと新聞だけという時代だったし、テレビをあまり見ない生活をすでに送っていたので、新聞という活字中心の媒体でしか、現地の情報を知るしかなかった。
テレビのニュースなんて、夜中に放送していたニュースステーションぐらいしか見てなかったんじゃないかな?
家族や友達が関西にいたら、もっと真剣にニュースをチェックしていたと思うけど、当時は入試がすべてだったから。
—–
1997年の暮れの話。
忘年会という名のオフ会で、生まれて初めて関西地方へ行った。
新幹線で新大阪まで行って、電車を乗り継いで待ち合わせ場所の三ノ宮まで行ったんですが。
震災から3年近く経っていたのにもかかわらず、まだまだ深い傷跡が街には残っていた。
あの光景は忘れられないものだった。
ネットを通じて日本各地の人と知り合い、震災当時に関西に住んでいた人たちの話も聞いたりした。
何で震災に関して無関心だったんだろうか?
当時のボクにとっては、きっと人ごとだったんだね。
—–
頭が回らなくなってきたから、言いたいことだけ言わないと。
いつどこで何が起きるかわからないから、少しでもゆとりがあれば「困ったときはお互い様」という考え方で、自分で出来る範囲のことで何かをすべきだと思う。
決して限度を超えたことはしなくても良いと思う。
一人では小さな力でも、それが寄り集まれば大きな力になれる。
そのためにも普段からニュースはチェックして、今世の中で何が起きているのかは知らないとダメなんだ。
何も興味を持たず、生きていくことは可能だ。
そうした方が楽に生きいけるけどさ。
—–
ああ、時間が時間だけにまぶたが重い。
もはや自分で何をどう書きたいのか、判断つかなくなってきた。
悔しいけど寝よう。
そうしないと、仕事に差し支えるんで。